🔴ルーブル美術館よりナポレオンの宝石盗まれる🔴
フェイクニュース⁉️と目を疑ったこのニュース。
開館直後のセキリュリティ切り替えの間を狙って
高所作業車で窓を破り、
わずか数分で王冠と宝石たちを奪い去った犯人たち。
まるで映画のような、完璧に計算された美の略奪。
静謐なガラス越しに眠っていた煌めきが、
再び人間の欲望と幻想に飲み込まれていきました。
1911年にモナリザも忽然と姿を消します。
元職員のヴィンツァンツォ・ペルージャによって盗まれ、
作者レオナルド・ダヴィンチの故郷 フィレンツェで
2年4ヶ月後に発見されます。

(この写真はモナリザが発見されたフィレンツェのヴェッキオ橋にて)
この盗難によって、モナリザ(ジョコンダ)は世界一有名な絵画に
なります。
ダヴィンチの作品である、モナリザがなぜルーブル美術館にあるのか、意外に知られていませんが、
レオナルドダヴィンチはメディチ家と折り合いが悪くミラノのスフォルツァ家の庇護のもとミラノに17年滞在します。
その間に描かれたのが「最後の晩餐」です。
スフォルツァがフランス軍の侵攻により、捕虜になったあとは、スポンサーを失って、
フランスのフランソワ一世の招きで、フランスへ。
2枚目以降の写真は、フランソワ一世がレオナルドダヴィンチのために用意したクロリュセ館。

(この夏訪れたクロリュセ館の写真)
フランソワ一世の住むアンポワーズ城から400メートルしか離れておらず、二つの城は地下通路で結ばれています。
当時、フランスは文化的に田舎で、洗練された文化を持っていたイタリアの文化人たるダヴィンチを招聘するのは、プロパガンダの臭いがプンプンしますが、
訪れて感じたのは、最初は打算であってもフランソワ一世がダヴィンチを心から尊敬して、たびたびダヴィンチの元を訪れて、
話に聞き入っていたこと。
最後は友情のようなものがあったであろうこと。

(最後の写真はフランソワ一世がダヴィンチの最期を看取る絵。
実際は看取っていないらしいが、)
そしてダヴィンチが最後まで大切に手元においていたモナリザは
フランソワ一世の手に託されるのです。
2025年
鮮やかに掠奪されたナポレオンの宝石達はどんな物語を生み出すのでしょうか?
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