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カテゴリ:アート( 28 )
ボルドー展〜美と陶酔の都へ 内覧会(国立西洋美術館)
今日は国立西洋美術館で明日から公開される「ボルドー展〜美と陶酔の都へ〜」のレセプション(内覧会)へ行ってきました。
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館内の様子・・
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プレス関係の方々の受付
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さすがに、作品群はプレス関係の方々以外は撮影禁止で画像御見せできません。

レセプションでは、ボルドーワインが飲み放題・・
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いち早く、図録も購入して・・
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お土産物売り場に並ぶのもやっぱりワインです。
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その他のお土産物
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こちらの「ボルドー展〜美と陶酔の都へ〜」明日から一般公開です。

ワイン好きの方、ドラクロワの大作を観たい方ぜひ足を御運びくださいね。

一般に国立美術館系の企画展は利潤を追求していない
からか地味な感じのものが多いですね・・

私はとても楽しかったです。
ワイン好きの方ならもっと楽しかったでしょうね・・

展覧会の感想はまた後日〜



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  レッスンのお問い合わせ、テーブルスタイリングや
  セミナー等お仕事の依頼は
  m.yamano67@gmail.com までお願い致します。
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by artstable67 | 2015-06-22 23:21 | アート | Trackback(1) | Comments(0)
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ルーブル美術館展 国立新美術館)
先日の投稿の「ルーブル美術館展  日常を描くー風俗画にみるヨーロッパの絵画の真髄」・・もう一つの見所とは・・・

フェルメールの「天文学者」以外のもう一つの見所と言えば、展覧会の図録を裏側を見て頂ければ一目瞭然

ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ルーブル美術館展 国立新美術館)_c0366777_13333432.jpg
そうこちら、ティツィアーノ・ヴェッチェリオの「鏡の前の女」です。

ティツィアーノは日本ではそれほど知名度が高くありませんが

「もしも、イタリアなくしてレオナルドなく、レオナルドなくしてルネサンスなし、と言い、ローマなくしてミケランジェロなく、ミケランジェロなくしてローマなし、と言ってよければ、ヴェネツィアなくしてティツィアーノなく、ティツィアーノなくしてヴェネツィアなしとされる資格は充分ある」と言われています。

つまり
ヴェネツィアのルネサンスを代表する画家  
なのです。

彼はジョルジョーネやベッリーニに加え、ミケランジェロやラファエロの勇壮で古典的な洋式を学び、
その出世作は
1515年から18年に描かれた、ヴェネツィアのサンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂の主祭壇画「聖母被昇天」
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ルーブル美術館展 国立新美術館)_c0366777_13553151.jpg
こちらです。

そうもちろん「風俗画」ではなく絵画ヒエラルキーでは上位に属する「宗教画」「歴史画」に属する絵画。
同じ聖堂の左側廊には、「聖母被昇天」の成功を機に注文された
これまた有名な「ペーザロの祭壇画」があります。
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ルーブル美術館展 国立新美術館)_c0366777_13595093.jpg
聖堂の入り口から堂内に進むと正面に「聖母被昇天」左手の先に「ペーザロの祭壇画」が見えてくるそうで、
広大な聖堂内での視覚的効果を追求し、画面を聖堂の現実空間に接続させようとした結果、このような対角線構図がうまれたのだそうです。

これらの作品はヴェネツィアで観る事ができますが、ティツィアーノの作品の多くは国内にはなく、作品を見たいと思えば、スペインのプラド美術館やフィレンツェのピッティ宮辺りに行かなければなりません。

なぜ、ティツィアーノの作品が国内に少ないのか・・


彼の場合は多くのイタリア美術品がそうであったように、
単純に、オナポレオンの略奪として片付けられない
ヴェネツィアルネサンスそのものに原因があったようです。

ルネサンスが花開いたのは、皆様ご存知の通り、主にフィレンツェ、ローマ、ヴェネツィアの三つの都市国家でしたが、

ローマという都市が古代からバロックまでそれぞれの時代の集積であるのに対して、ヴェネツィアやフィレンツェはやはりルネサンスの街である・・言えるのではないでしょうか。
フィレンツェについては先日の投稿で書きましたが、
ルネサンス期のフィレンツェとヴェネツィアは全く違う共和国であったと言います。

フィレンツェでは、メディチ家に代表される商人、ことに金融業者が貴族の地位を手に入れ、事実上の支配者として街を支配しており、そうした有力な個人とその一門が芸術を振興したのに比べて

ヴェネツィアでは芸術の雇い主は個人ではなく共和国でした。
政治を担い国家を運営する貴族たち(ノーヴィレ)、商人とその組合(スクオーラ)。
ヴェネツィアでは個人ではなく団体が芸術の買い手となり、政治と芸術がいわば持ちつ持たれつの関係を築いたと言われています。

フィレンツェとの対比の中で言えばフィレンツェが「頭脳流出型」の都市国家であったのに比して、ヴェネツィアは「頭脳流入型」の都市国家であったといいます。
つまり、たくさんの芸術家が自由な都市国家ヴェネツィアを目指したのです・・

印刷業が栄えたのもヴェネツィアでしたし(言論の自由のないところに印刷業の繁栄もありませんから・・)

ヴェネツィアの共和政体は寡頭政治の名で呼ばれる少数指導型の政体で共和制時代のローマに近い政治形態であり、政体としては専制であったのに・・


どうやって、ヴェネツィア人は自由を満喫しルネサンスが栄えたのでしょうか・・??

この点に関してはあのフランス哲学者のヴォルテールも不思議がっていたと言います。

答えは、ヴェネツィアの指導者たちが守り抜こうとした
『自国の独立』つまり「他国からの干渉の排除」おもに「ローマ法王庁」からの干渉を排除する事、
に徹したことに尽きるでしょう。

無神論者ではないが政教分離主義者である事をライシズムと言い、それを奉ずる国や個人をライコといいますが、ヴェネツィア人くらいライコに徹した国民はなかったそうです。

つまりヴェネツィア人は「自由の尊重」という理念を重んじた訳でなく、
宗教改革や十字軍遠征の例を見る間でもなく、
宗教上のエクスキューズ(いわば言いがかりですよね・・)で領土争いや利権をめぐる抗争に巻き込まれたくない・・
という強い思いがあり、

他国との摩擦を極力さけることで国家を安定させ、繁栄させたいという
「具体的な利権」を考えての自由と独立の堅持であったからこそ、長続きもし市民たちもその恩恵に預かり、芸術は繁栄し、人々はヴェネツィアをめざしたのでしょう。

また、専政制ではありましたが権威と権力が一人に集中しないようなシステムが機能していましたし、富の格差もありましたがそれが固定しておらず敗者復活のシステムも機能しており、戦争で倒れた人の遺族には民間人にも「国民遺族年金」を払っています。
この制度は同時代の他の国々にはないものです。


話をティツィアーノに戻しますと・・

周りの国々となるべく戦争をせず関係を維持し「自由」である為の
ヴェネチアの最高の「外交カード」
それがティツィアーノでした。

ティツィアーノはヨーロッパ各国の権力者たちの好む肖像画家のナンバーワンになっていたので
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ルーブル美術館展 国立新美術館)_c0366777_15330461.jpg

上記のように

スペイン王兼神聖ローマ帝国皇帝カルロス5世、
その子で後継者となったフェリペ2世、
オスマン帝国最盛期のスルタン スレイマン一世
ミケランジェロを庇護したルネサンス教皇 パウルス3世まで・・

国内外を問わず招かれ肖像画を書いており
それ故、故郷のヴェネチアでティツィアーノの作品を観る事が少ないのです。

そのような訳でティツィアーノの作品を観るのを楽しみにしていた次第です・・

さてこちらの絵画、
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ルーブル美術館展 国立新美術館)_c0366777_15393065.jpg
今まで観てきた彼の作品は「肖像画」「歴史画」などの絵画ヒエラルキー的には上位に属する絵画でしたが、こちらは市井の女性を描いた「風俗画」

実際拝見すると滑らかな肌と豊かな髪の美しさに惹き付けられます。

ですが・・
この「鏡の前の女」の絵の解釈は謎に包まれた部分も多いそうなのですが、複数の寓意的意味が見とれるそうです。
鏡から「真実・懸命・傲慢」
前後2枚の鏡は「移り行く時間」の暗喩
後ろの鏡は彼女の過去を前の鏡は彼女の未来を表すとか・・
手前の鏡が後ろの鏡よりはるかに小さい事から
彼女の余命が短い事を暗示しているとか・・

佳人薄命と言ったところでしょうか・・


1254年に「東方見聞録」を書いて大航海時代に大変影響を与えたマルコ・ポーロもヴェネチア出身でしたが、

岡倉天心が「茶の本」の中で書いていますが、はじめてヨーロッパの人間が書いたもので、「茶」についての記述がみられるのは
ヴェネチア出身の冒険家バティスタ・ラジオムが1557年に記した「航海と旅行」の中だとか。

それから程なく1610年にオランダにお茶がもたらされるのですが・・

かつてのヴェネチアという都市国家の情報量と風通しのよさを窺わせる一例かと思いました。

この「ルーブル美術館展」大変入場者数が多かったにもかかわらず、華やかな作品が少なかったせいかアンケートによる満足度が大変低かったとか・・

私は十分に楽しかったのですが・・

行かれた方、ぜひご感想を御聞かせ願います。

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by artstable67 | 2015-06-14 16:09 | アート | Trackback(2) | Comments(0)
聖プラクセディス(国立西洋美術館)
先週の土曜日、渋谷のBumkamura ミュージアムを後にして足早に向かった先は国立西洋美術館
聖プラクセディス(国立西洋美術館)_c0366777_23434345.jpg
こちらに伺った目的は・・
驚いた事に・・
先日投稿したロンドンのクリスティーズでアジア風のコレクターによって11億円で落札されたフェルメールの聖プラクセディス、国立西洋美術館に寄託されていたので・・
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それを観るためです。

ほとんどマスコミなどで取り上げられる事もなくひっそりと3月から常設展で公開されています。

こちらの作品、先月の投稿でも書いていますが、フェルメール作品か否か長い間論争が繰り広げられていたのですが、アムステルダム国立美術館とアムステルダム自由大学の白色の顔料の科学判定で、フェルメール作品である・・との可能性が限りなく高い・・いやまさにフェルメールの作品だとも言われたのですが・・

異論を唱える美術史研究家が多数いるとかで・・

そもそも聖プラクセディスはオリジナルはイタリアのフェリーチェ・フィケレッリによるものです。それを歴史画家をめざしていた初期のフェルメールが模写したものではと言われています。
聖プラクセディス(国立西洋美術館)_c0366777_00045372.jpg
右がフェリーチェ・フィケレッリのオリジナル
左がフェルメール模写されたといわれる本作品「フェルメールに帰属」の文字が見えます。

フェルメール作に異論を唱える修復家ヨルゲン・ヴァドムによると、
模写ならば手前の重要なモチーフから画面奥へ順番に描いて行くのに対し、こちらはそういった手順で描かれていないと・・確かに画面手前の壷はよく見ると左の取手などの部分が赤い衣の上に描かれており赤い衣が先に描かれた事がわかります。
こうしたことから、本作こそがフェケレッリのオリジナルであるという見解を示しています。

フェルメールの初期作品については、残存する資料が少なく多くの事が謎に包まれています。
いつか、聖プラクセディスが「帰属」などどいう曖昧な表現から解き放たれる日がくるのでしょうか。

さて、「彼女」との対面にドキドキしながら・・
前日に国立新美術館でフェルメールの真作である「天文学者」を見たばかりの状態で訪れた国立西洋美術館常設展。

「天文学者」の人だかりに比べて「聖プラクセディス」の前には立ち止まる人も僅か・・・


生々しい・・


この絵を見た第一印象でした。
ドレスの色も聖プラクセディスの頬の色もとても赤く、血のしたたる布を絞る手元からも生々しい印象がぬぐえません。

ですが・・

美術史研究家でもなんでもないただのフェルメールファンとしてですが
この作品は やはりフェルメールだと思うのです・・

それは前日の「天文学者」にも見た左上からの光が右下に向かって深く差し込んでいるかのように見える光の表現が「天文学者」と全く同じだ・・
と感じたからです。

真作か否かよりこの絵画の悲しみは・・
日本人かと思われる「アジア風のコレクター」が11億円で落札しながらもこれを手元に置かず手放したことではないかしら・・

そんなことを考えながら新緑の美しい上野公園を後にしました・・
聖プラクセディス(国立西洋美術館)_c0366777_00325419.jpg
皆さんも機会があればぜひご覧になって意見を御聞かせくださいね。


by artstable67 | 2015-05-27 00:38 | アート | Trackback(1) | Comments(0)
ルーブル美術館展 日常を描くー風俗画に見るヨーロッパ絵画の真髄
先週の金曜日の事ですが、国立新美術館で開催中の「ルーブル美術館展」へ行ってきました。
ルーブル美術館展 日常を描くー風俗画に見るヨーロッパ絵画の真髄_c0366777_01435538.jpg

今回の目玉はなんといってもフェルメールの「天文学者」が来日する事でしょう。
金曜日、平日ではありましたが、かなり混雑している館内の様子です。
ルーブル美術館展 日常を描くー風俗画に見るヨーロッパ絵画の真髄_c0366777_00195720.jpg
上階ではマグリット展が開催されていました。
こちらが入場口。
ルーブル美術館展 日常を描くー風俗画に見るヨーロッパ絵画の真髄_c0366777_00222307.jpg
世界一有名な美術館といっても過言ではない「ルーブル美術館」の膨大な絵画コレクションからどのようなテーマで展覧会がアレンジされているか・・気になるところですよね。
今回のテーマは「風俗画に見るヨーロッパ絵画の真髄」

「風俗画」とは絵画ヒエラルキーの中どのような位置づけかご存知ですか?
そもそも絵画ヒエラルキーとは?

絵画ヒエラルキーの中に於ける「風俗画」について少しだけ補足しますと・・

ヨーロッパ絵画の伝統の中で既に、宗教的神話的モチーフを素材にした「歴史画」に重きを置く風潮はありましたが、はっきりと歴史画優位の絵画観を打ち出したのはフランスのアカデミー名誉顧問を務めた美術理論家、アンドレ・ファビアン。
ファビアンは1668年に刊行された「1667年の王立絵画彫刻アカデミー講演録」の序文に於いて絵画の主題を論じる中で
「歴史」と「物語」を扱った絵画・次いで「肖像画」「風景画」「動物画」「果物・花々・貝殻」という順番で序列をつけました。
そして当然のごとく、そこには些末な日常の情景は含まれていなかったのです。
もちろん、ファビアンが言及しなかったからといって日常生活の絵画が存在しなかった訳ではありません。

そんな絵画ヒエラルキー的には下位に属する「風俗画」に焦点をあて、古代ギリシャの壷の絵画からはじまる展覧会テーマは「風俗画」というアングルからしか見えて来ない絵画史の側面が伺われて興味深く勧賞しました。
なお、「風俗画」とは日本特有の言い回しだそうで、フランスをはじめとするヨーロッパの絵画史の中では「ジャンル画(peinture de genre)」として身近な日常生活に題材を得た絵画を総称するのだそうです。

展覧会の作品の中から抜粋して・・

こちらは古代ギリシャの壷「ぶらんこの画家(黒像式頚部アンフォラ)」
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およそ紀元前525年から紀元前520年に作成されたもの。
一見すると優雅な若い女性が子供が動かすブランコに乗り、その脇に立った男性たちがそれを見守る・・という日常の再現に見えます。
アンフォラを反対側から見ると・・・
ヘルメスとヘラクレスがアルケスティスを冥界から救出している場面が描いてあり、こちらも神話の一場面だということになります。
英雄のドラマを描くことと日常のシーンが出会い図らずも当時の日常生活をかいま見る事ができた例でしょう。

それから今回の展覧会の主役作品
フェルメールの「天文学者」
ルーブル美術館展 日常を描くー風俗画に見るヨーロッパ絵画の真髄_c0366777_01095742.jpg
(公式図録の表紙になります。)
ルーブル美術館には2点フェルメール作品がありそのうちの一点がこちら「天文学者」

フェルメールの作品は「風俗画」といえど寓意がたくさん隠されており。それを読み解くには教養が必要とされる事から、ただの「風俗画」よりは格上の作品とされています。
「天文学者」では背後の壁にかけられたピーター・レリの「川から救われるモーセ」が作品に象徴的な意味を与えると見なされ、約束の地に導く
ヘブライ人の精神的指導者であるモーゼを、天文学者によって探索される精神的方角への暗示と解釈するそうです。

実際に拝見して。。
さすがに人が多く並んで順番待ちで絵画の前に立てる感じ・・
立ち止まる事はできません。

思ったより小さい絵画です。
印象的だったのは左斜め上から差し込む光が天文学者の衣服のずっと下(右下)まで描き込まれており、図録や写真で見るよりずっと明るく光の印象が強い絵画なのです・・

薄暗がりの中に深く差し込んで行く柔らかい光です・・

フェルメールが描くと「風俗画」も静謐で高尚な空気感を醸し出します。

「天文学者」に後ろ髪を引かれながら実はもうひとつ見所が今回の展覧会にはあるのですが・・

長くなりそうですのでそれはまた後日・・

こちらの展覧会6月1日まで・・ご覧になりたい方はお急ぎくださいね。

by artstable67 | 2015-05-25 01:41 | アート | Trackback(1) | Comments(0)
バルテュス夫人節子さん講演会
バルテュス夫人節子さんの講演会へ行ってきました。
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画家バルテュス(バルタザール・クロフスキー・ド・ローラ)はヨーロッパ絵画の伝統に触れながら、いずれの流派に属する事なく独自の具象の絵画の世界を築き上げ、ピカソをして「20世紀最後の巨匠」といわしめました・・
昨年の春に東京都美術館と京都でバルテュスの回顧展がありましたので、行かれた方も多かったのではないでしょうか・・

こちらはそのときの図録。
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そう、バルテュスは少女を好んでモチーフに描きその絵がウラジミール・ナボコフの小説「ロリータ」の表紙になったことなどからも、誤解されやすい存在の画家だったかもしれません。(最も、凡人の私たちがバルテュスの事を理解し得るとは思っておりませんが・・・)

昨年の回顧展の折、それに関連してNHKが作成した、日曜美術館「バルテュスと5つのアトリエ」と豊川悦司さん主演の「バルテュスと彼女たちの関係」が放送されました。
とくに後者の番組は構成もナレーションも音楽も素晴らしかった・・
見終わった瞬間初めて、バルテュスという画家の事を理解できた気がしましたし、何より番組としての完成度が高かった・・・

そうして今回間近に拝見したバルテュス夫人節子さん・・
別格のたたずまいの美しさもさることながら、
純粋で情熱的で全てが真剣勝負な方。

節子さんが一貫して伝えられたのは「日本」そして「和」の美しさと素晴らしさにもう一度
目を向けましょう・・ということでした。

着物をお召しになる事もバルテュスから「どうして着物を着ないのか」と言われて以来ずっとお召しになっているそうです。

最後に話された、節子さんのスイスのご自宅をドナルド・キーンさんが訪ねられたお話も、美しく洒落ていた・・

ドナルド・キーンさんと言えば、2011年の東日本大震災の後、懸命に復興に取り組む被災地の人々を見て「今こそ日本人になりたいのだ・・」と日本に帰化されたことを思い出し、
ドナルド・キーンさんのいう「果てしなく美しい日本」も節子さんのおっしゃる私たちが目を向けるべき「日本」も決してナショナリズムではなく、ナショナリズムに利用されない事を祈念しつつ、
「新しいもの流行のものを取り入れることは簡単だが伝統を守って行くのは難しいのだ」とおっしゃられた「守るべきあるがままの日本の伝統」を今一度見直してみようと思ったのでした・・

「バルテュスの一幅の絵の中の登場人物だった私がやっと一人で歩き出したのです・・」

との言葉が印象的でした。


by artstable67 | 2015-05-20 23:53 | アート | Trackback | Comments(0)
ボッティチェリとルネサンス〜フィレンツェの富と美(Bunkamura ザ・ミュージアム)
渋谷道玄坂のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている「ボッティチェリとルネサンス〜フィレンツェの富と美」を見てきました。
ボッティチェリとルネサンス〜フィレンツェの富と美(Bunkamura ザ・ミュージアム)_c0366777_18594826.jpg
土曜日でしたが、前日に行った国立新美術館の「ルーブル美術館展」に比べれば人も多くなくゆったりと鑑賞できました。

ルネサンス・フィレンツェ・ボッティチェリという教科書的にスタンダードな美術テーマ・・これをいかに料理するかはキュレーターの腕の見せ所?
といったところでしょう。
期待してしまいます・・

サブタイトル「富と美」からも伺えますがこちらは「フィオリーノ金貨」の鋳造からはじまりボッティチェリの死までという時間軸でルネサンスの舞台をフィレンツェに限って富と芸術との関係を考える
・・というテーマでアレンジされている展覧会。
とても興味深かったです。

まずは「フィオリーノ金貨」について
こちらがそのフィオリーノ金貨。原寸は19.5mm
ボッティチェリとルネサンス〜フィレンツェの富と美(Bunkamura ザ・ミュージアム)_c0366777_19171448.jpg
1252年11月、フィレンツェにて最初のフィオリーノ金貨が鋳造されました。

フィオリーノ金貨について補足しますと・・
「フィオリーノ」という単語はヨーロッパの中で花の都「フィレンツェ」のシンボルとして広まった。
フィオリーノ金貨はヨーロッパの中でフィレンツェのイメージとなっており、その偽造は貨幣の信用を危険にさらし、ひいては共和国経済全体の評判を落とす恐れがあったのである。
フィオリーノ金貨の普及の度合は、英語のフロリン(florin)ドイツ語の(Florin)などさまざまな国でフィオリーノから発生した単語が貨幣単位に使われていた事からも明らかです。
オランダではユーロ導入まで通貨の名称としてフロレイン(florein)が使われ、ハンガリーではいまでもフィオリーノから派生したフォリント(forint)が貨幣単位として使用されている。
(以上 展覧会公式図録より抜粋)

このように、文字通り西洋を席巻したフィオリーノ金貨ですが、
写真を見て頂くと表に百合の花、裏に洗礼者ヨハネの姿が刻印されています。
百合の花は都市フィレンツェのエンブレムで、洗礼者ヨハネはフィレンツェの守護聖人なのだそうです。
こちら現在ユーロ圏で使われている5セント貨くらいの小いささながら24金で3.53gの価値の高い金貨だったそうです。

さてなぜ、フィオリーノ金貨が絶大な影響力を持ち得たのでしょうか?

メディチ家の財力?影響力?

答えは一部は正しくしかし不十分だと思われます。

フィオリーノ金貨が鋳造されたのは1252年。
コジモ・デ・メディチが亡命先から帰郷しフィレンツェの事実上の支配者となったのが1434年。

メディチ家が支配するずっと前からフィレンツェは繁栄しルネサンスは始まっていたのです。
フィオリーノ金貨が鋳造されたころフィレンツェで絶大な力を持っていたのはバルディ家それからペルッツィ家。
この2大有力家系が手を広げていた分野は、金融業(銀行)、手工業、通商と広くもはや財閥と呼べるレベルでした。
クライアントもヨーロッパ全土に及び、イギリス、フランス、ナポリの各王家、そして法王庁が最大顧客でした。
(最も、法王庁は預け入れ、各王朝は借り入れだったと思われますが・・)
バルディ家の融資がなければイギリス王もフランス王も戦争が出来なかったそうです。
すごいですね〜

このころ活躍していた画家はジョット。
フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂内のバルディ礼拝堂のフレスコ画(アッシジの正フランチェスコの生涯)を製作したことで有名ですね。

ところが、
1343年にペルッツィ銀行が倒産。
1344年にバルディ銀行が倒産。
それに代わって、1397年にジョバンニ・ディ・ビッチがメディチ銀行の元を開設。
1420年にはメディチ銀行のジュネーブ支店が開設されメディチ家の躍進が始まります。
このころのフィレンツェの生産性ってどのくらいだと思われますか?

フィレンツェの1市民の生産性が他の地域の封建領主や修道院の所有地で働く人の40倍になっていたとする学者もいるくらいです。
領有する土地の広さなら中程度の国家とするしかないフィレンツェの経済力の方が、フランスやイギリスやトルコを完全に凌駕していたとか・・!!
フィレンツェ恐るべし・・
フィオリーノ金貨がヨーロッパを席巻したのも納得です・・

とは言え、この時フィレンツェにはコジモ・デ・メディチによる専制政治がしかれたいたわけです。
その元でフィレンツェは繁栄した。
歴史家のグイッチャルディ−ニはこう言っています。
「メディチは専制君主だった。しかし好ましい専制君主だった。」と。
このメディチ家による僭主政治が機能していた60年間の間にフィレンツェのルネサンスは最盛期を迎えるのですから。

コジモに関して、特筆すべきは彼が高額所得者であったにもかかわらず「累進課税制度」という公正な課税制度を考えだした事ではないでしょうか・・
しかもその税率も4パーセントから33・5パーセント。
決して高くはないですよね。
専制君主ならいくらでも徴収できるところを・・
現実を直視し時代を読める経済人としての秀でた才能にはただただ感心するばかり・・
コジモあってこそのフィレンツェのルネサンスだったと思います。

さて話を展覧会に戻します・・

この展覧会で興味深かったもの。
ボッティチェリとルネサンス〜フィレンツェの富と美(Bunkamura ザ・ミュージアム)_c0366777_20310119.jpg
ロレンツォ・デ・メディチの息子ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチが使っていた
算術と幾何学の問題集。
いつの時代も子供はお勉強・・大変ですね・・
問題集にはフィレンツェの商人たちの姿が生き生きとして描かれて当時の商人の風俗が図らずもよくわかります。

お金・・につきまとう汚れた負のイメージは当時から強くあったようで金融に携わる銀行家・その中でも高利貸しはとくに悪いイメージだったようです。
高利貸しを描いた一枚。
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なんとも欲深く狡猾に描かれている事でしょう・・

高利貸しではないにしてもメディチ家も銀行家・・巨万の富を持つ事による負のイメージの回復・また階級が定まっていない社会でのメディチ家のイメージ戦略のために
そして何よりコジモ・デ・メディチやロレンツォ自身の魂の救済のため彼らは芸術の為に惜しみなく出費していくのです・・

「罪から逃れたい・・・というのはルネサンスの原動力だった」

と本展覧会では言っています。
とても面白い視点だな〜と思いました。

コジモの孫のロレンツォ・デ・メディチとボッティチェリは大変仲がよくロレンツォはたくさん仕事を注文しています。

さて、展覧会の作品のメインはなんといってもボッティチェリの聖母子像の絵画・・
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(「ケルビムを伴う聖母子」サンドロ・ボッティチェリ(絵画の一部)フィレンツェ ウフィツィー美術館所蔵)

展覧会始まって、集中力のおちていない早い段階で迎えてくれる典雅でしかしあどけない聖母・・

そして終盤にボッティチェリの作品群が集められて部屋があり・・
遭遇したのですよ・・
フレスコ画の「受胎告知」
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(「受胎告知」サンドロ・ボッティチェリ(絵画の一部)フィレンツェ ウフィツィー美術館所蔵)

写真は展覧会にあるフレスコ画のほんの一部。
243×555cmの大きさの壁画ですから・・

とても大きな作品です。。
こんな大きなフレスコ画を日本で見られるとは思っていませんでした。

そしてなんと優美なボッティチェリらしいフレスコ画でしょう・・

彼の師匠で女好きのフィリピーノ・リッピの描く聖母がどこか世俗的な表情であるのにたいして女性に縁遠かったボッテチェリの描く聖母はまさに天上の美そのもの・・

風が吹いてくるのです・・
絵画の中から吹き抜けてくる風を感じながら長椅子に座り時間を忘れてフィレンツェ時間に浸りました・・

この優美な空気感はどうぞ、その前に立って味わってくださいとしか言いようのないものなのです・・
そして名画のすごさとは
この優美な風が美術館を出て平凡な日常に戻っても吹いてくる事なのです・・

Bunkamura ザ・ミュージアムは渋谷道玄坂の東急デパートの地下にあり開放的でカフェがあり・・

ボッティチェリとルネサンス〜フィレンツェの富と美(Bunkamura ザ・ミュージアム)_c0366777_22034072.jpg
隣接する書店には美術関係の雑誌や書籍がたくさんあります。
ボッティチェリとルネサンス〜フィレンツェの富と美(Bunkamura ザ・ミュージアム)_c0366777_22052797.jpg
ミュージアムショップで購入したお土産は・・
ボッティチェリとルネサンス〜フィレンツェの富と美(Bunkamura ザ・ミュージアム)_c0366777_22082619.jpg
フィオリーノ金貨のチョコレートとカタログ、フィレンツェ独特の模様を配したデコレーションペーパー。

フィオリーノ金貨のチョコレートはこちらを投稿しながら、食べてしまいました。

だから美術館巡りは止められない♪

(参考文献)
「公式図録 Money and Beauty」
「ルネサンスとは何であったのか」塩野七生


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by artstable67 | 2015-05-17 22:16 | アート | Trackback(1) | Comments(5)
ビーナスの誕生
先週の25日のNHK総合で放送された日曜美術館。
タイトルは「女神の瞳に秘められた謎   ルネサンスの巨人ボッティチェリ」
ご覧になった方も多いかと思います。
現在、渋谷Bunkamura ザ ミュージアムで開催されている「ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美」展にあわせての企画放映のようです。
「ボッティチェリ」「ルネサンス」といえば、「印象派」「フェルメール」と並んで、企画すれば確実に人を動員することが出来る人気美術展企画です。

そしてボッティチェリといえばこちらの絵画「ビーナスの誕生」
ビーナスの誕生_c0366777_02094609.jpg

(上は絵画の一部)「フィレンツェのウフィツィ美術館所蔵」

あまりにも有名で、私の中で「モナリザ現象」(色んなところで目にしすぎて通俗的に見えてしまう)を引き起こしてしまっていた絵画ですが、今回の日曜美術館を見て、実はよく知らないこともあったのだと…
今日は反省も込めて番組の中から抜粋して。

このビーナスの眼差し、じっとご覧になった事ありますか?
ビーナスの誕生_c0366777_01135401.jpg
憂いを秘めてどこか悲しげです。
ボッティチェリの描く女神や女性のは物憂い眼差しの女性が多くそれが絵画に奥行きを与えているのですが、完璧な美女ビーナスがどうして悲しげな眼差しをしているのかあまり考えた事がありませんでした。

これはビーナスが誕生した瞬間を描いた絵画ですが、生まれた時から完璧な美女。。それも神だから・・と深く考えずにいましたがビーナスの誕生には次のような神話があるのです。
ビーナスの誕生_c0366777_01242188.jpg
これはギリシャ神話の中の物語なのですが、ウラノス(左)父をクロノス(右)息子が殺す場面の絵画です。
ギリシャ神話では最初にカオスがありそこからガイア(大地の女神)とタルタロス(冥界)とエロス(愛の神)が生まれ、ガイアはウラノス(天空の神)とポントス(海洋神)を生んだといいます。
ガイアがウラノスと結婚して生んだのがクロノス(大地の神)。
ところがウラノスはガイアとの間に生まれた気に入らない子供をどんどん殺したのでガイアが怒り、クロノスにウラノスを殺す事を命じて鎌を渡します。
そして上の絵画のようにクロノスは父ウラノスを殺し、海に捨てその泡から生まれたのがビーナスだったとか。。
壮絶な父親殺しの果てに、子供時代もなく完璧な美女として生まれてしまった・・

ビーナスはそういう出生の悲しみを眼差しとすこし首を傾げた表情に表現しているそうです。
そう思ってみると私の中で「モナリザ現象」を起こしていたこの絵画に新たな魅力と奥行きを感じます。

ルネサンスを代表する画家として後世の名声を欲しいままにしているボッティチェリですが、パトロンであるロレンツォ・デ・メディチが亡くなってからは、不遇の時代を迎えます。
もっとも、そのころメディチ家の銀行も倒産しフィレンツェ自体が後ろ盾を失うのでフィレンツェのルネサンスの最盛期は終わったのですが。。

これぞ理想の女性ともいえるビーナスを描いたボッティチェリ・・実は女性に縁がなく一生独身だったとか。
それで漫画「チェーザレ 破壊の創造者」の作者 惣領冬美さん曰く、このビーナスはいわゆる「萌え絵」だとか。。なるほど〜

さて、そんなボッティチェリの自画像
に私がウフィツィ美術館で遭遇した時の事・・・
彼の自画像は「東方三博士の礼拝」という絵画の中の右端に描き込まれており、その絵画を見た方なら皆さん感じられると思うのですがとても強い目力がありこちらをすっくと見据えてきます・・・心の奥まで見透かされそうでゾクッとしたのをおぼえています。
ビーナスの誕生_c0366777_01550031.jpg
(「東方三博士の礼拝」絵画の一部)(フィレンツェ ウフィツィ美術館所蔵)

この目ですよ・・
彼がどれほど後世に輝く名声を残したとしても、限りある命、この絵画の前に立つ者は「今を生きる鑑賞者」に対する彼の嫉妬をこの視線から痛いほど感じてしまい心かき乱されるのでしょうね。
そうして、ロレンツォ・デ・メディチの「バッカスの歌」の一節が頭の中をリフレインして・・

楽しみてあれ、明日はさだめなき故・・



by artstable67 | 2015-04-30 02:15 | アート | Trackback(1) | Comments(2)
聖プラクセディス
昨年NHKのドラマ10の「聖女」という広末涼子さん主演のドラマが放送されていましたが、そのドラマのストーリーではなく、主人公がいつも飾っていた絵画の方に目を奪われました。
こちらがその絵画。タイトルは「聖プラクセディス」
あの「真珠の耳飾りの少女」を描いた事で有名なフェルメールの作品なのです。
ドラマの中ではマリア様として拝まれているようですが、こちらは赤いドレスを着た聖人。
殉教者の身体を清めた後、スポンジにしみ込んだ血を聖なる壷に絞っているところ。
聖プラクセディス_c0366777_09283389.jpg
このローマ時代の聖人を描いた油彩はずっとフェラーラ出身の画家フェリーチェ・フィケレッリの作品と思われていました。
それがフェルメールの油彩であると最初に指摘されたのが1969年、ニューヨークのメトロポリタン美術館でイタリアのバロック絵画の展覧会が開かれた時でした。
「Meer 1655」と書かれたサインが見つかり、それ以来、フェルメールかフィケレッリかの激しい論争が始まる事になりました。
その長い論争に決着を付けたのは現代科学の力。
アムステルダム国立新美術館とアムステルダム自由大学で行われた科学鑑定により、当時ヨーロッパ全土で使われいていた鉛白に注目してこの油彩を分析したところ、その成分から北ヨーロッパ産であることが判明。
また当時のオランダ絵画に使用された鉛白の成分とも一致し、さらにはフェルメール同時期の油彩「ディアナとニンフたち」の成分とも見事に一致し、フェルメールの真作であることが確定したのです。
彼の代表作である「真珠の耳飾りの少女」のターバンにも惜しげなく使われているラピスラズリを材料とする高価な顔料ウルトラマリンを背景の空にふんだんに使っているところや、聖人ながらほのかに色気がある少女の表情はまさにフェルメールのテイストそのものです。
しかもこの絵画、もともとたった37点しかないフェルメールの作品のうち個人所蔵され一般の人が見る事が出来ない2点のうちの一つなのです!
そんな曰く付きの絵画が昨年ロンドンのクリスティーズのオークションに出品されました。
出品者はあのベビーオイルの米大手医薬品会社ジョンソン・エンド・ジョンソンの
息子の妻(なんともったいないことでしょう!私ならば絶対手放しません。)

世界中の美術愛好家の目が釘付けになったオークションの様子がこちらです。
聖プラクセディス_c0366777_09500624.jpg
最終落札額は624万ポンド(約11億円)。
前評判に反して、推定評価額にやっと達した程度だったそうです。
聖プラクセディス_c0366777_10002712.jpg
会場で最終落札をしたのはアジア風のコレクター。。その素性は不明。
ミステリアスなフェルメールの作品にふさわしくまた個人のコレクターの手に渡り、私たちの目の前から姿を消したかと思いきや・・
この絵画は私たちが予想だにしなかったところで再び公開されるのです・・

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by artstable67 | 2015-04-25 10:20 | アート | Trackback(1) | Comments(0)
  

食空間プロデューサーの山野舞由未です。
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